自分を生きていく
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「ニューハーフとかトランスジェンダーって特殊な生い立ちで、ハンディキャップではあるんですよ。でも、たとえば親が別々の生まれで子どもがハーフだと、それはハンディキャップになることもあるけど、ハーフだから美形、ということもあるように」
「どんなこともネガティブに捉えればハンディキャップだし、ポジティブに考えれば武器になる。こういう飲み屋では、MtFというのは武器になるんです」
名古屋の栄近く、錦にある「若衆bar やまと男ノ娘」のすずさんの言葉です。
誰しも人と違うところがあれば悩むもの。まわりに合わせることができても孤独を感じてしまうこともあるし、人間だから一人で生きていくのも難しい。
それでもすずさんの話を聞いていると、自分を犠牲にしないで生きていく方法があると思いました。
自分を生きながら、ちゃんとお金も稼いでいくこともできるし、いつか独立してもらいたい。話を聞いていると、生き方のヒントをたくさん聞くことができました。
若衆barやまと男ノ娘ではキャストさんを募集しています。
名古屋駅から地下鉄に乗って栄駅へ。そこから歩いて3分。東海随一の繁華街、名古屋市中区錦三丁目、通称「錦三」へ。
教えてもらったビルに上がって街を眺めてみると、たくさんの車と人が行き交っている。
看板を見つけて、オープン前の店内に入る。カウンター席があり、一番奥にはソファとコタツが置いてあった。
目があったのがすずさん。このお店のオーナーだ。
早速、こたつに座って話を聞くことに。なんだか落ち着く店内。
「ゆっくり過ごしてもらいたいと思っているんですよ。何時間も、いてもらって構わないし」
「たとえば『最後に一杯だけ飲みに来た』っていう人が『お前ら飲んどけ、俺寝るから』って言って。じゃあ、寝とけ寝とけー!って言ったら、朝までこたつで寝てる人もいます」
こたつ、気持ちいいですもんね。
「それで朝、お父さん起きるよーって言ったら『すまん、すまん』って帰って。それで次の日『昨日はすまんね』って言って、そこからまた6時間くらい寝るとかね。ほんと、何しとんのおっさん!とかって思いながら。よくある話なんですよ」
「いろんな人たちがここに集まってくる。普段会わないような人たちが仲良くなって、面白いことが起きる。テーマは、毎日やってるホームパーティーなんですけど」
常連のおじさんに、ホステスのお姉さん。住職に、神父。大きな会社の社長さんもいるし、大学の教授も。くだらない話をすることもあれば、真面目な話をとことんすることもあるそう。
この気持ちの良さそうな混沌はどうやって生まれたのだろう?
するとすずさんが大学時代の話をしてくれた。
「早稲田大学に在学中のときから面白いことをずっとやっていて。舞台の大道具さんだった。それで公共ホールに就職するんです。区の外郭団体の職員。そしたらイメージと違って、つまらん!ってなっちゃって」
「全然違うことやって憂さ晴らししようと思ってはじめたのがこういう仕事。仕事っていうか、女装をはじめて、それが思いのほかウケたのね。しかも、儲かるじゃねえか!って思って。ここで稼いで、自分の好きな劇場をつくったほうがよっぽどマシだと思った」
東京でお店をはじめて、三店舗にまで増えた。でも一緒にやっていけない理由が生まれて、ひとり名古屋に向かうことになる。
「リュックひとつ、身体ひとつで来ました。みんな、名古屋は排他的だって言うんだけれど、そんなのビビってるだけだと思って」
名古屋人になるために、トヨタの期間工で働いて、熊本の地震があって三ヶ月で雇い止めだと言われる。
「ちょうどいいやと思って。トヨタ用語も覚えたし。そのあと、ニューハーフの一番古い店に勤めました。全然初めてじゃないんだけど『初めてなんです〜!』とか言いながら入りました」
嘘つきですね(笑)
「ふふふ。そうすると評価高いじゃない?どんどん成長していくから。そのあとはちょうどママさんが体調崩して休みがちになって。その時間帯のキャストがダブついているな、っていうときがあったから、辞めさせてもらいました」
そして2017年4月14日に、このお店をオープンする。
お店を続けている理由はなんでしょう?
「そんなのシンプルにお金になるからでしょ。もちろん、いわゆる性同一性障害で苦労している子たちの手助けをしたいっていう思いもあったし、そう言う人たちの固有の魅力っていうのを打ち出すことが仕事になることを伝えたかった、というのもある」
「性別っていう輪切りじゃなくて、あなたとして見てもらえるような感じになりますよって、みんなには言っているところなんです。性別っていうのは、記号にすぎないから」
たしかにすずさんには人としての魅力を感じる。話が面白いし、心地よい。
それはなぜなんだろう。
「私はどっちかっていうと、仕事としてきちんとやっていきたいっていう人に、シンプルにこの仕事の儲け方を教えてあげたいんですよ」
儲け方。
「そう。儲かったら、それこそ独立してほしいし、お店をたくさん持てばいい。私は全員が独立したほうがいいと思っている」
「水商売のいいところは、最初からすごいお金が必要っていうわけじゃないし、すごい能力が必要っていうわけでもない。気持ち、人柄がすべて。ニューハーフだからこうせえとか。多少はありますよ。キャラ的なモノづくりとか、テクニックとしては」
テクニックって、どういうものでしょう?
「たとえば、会話にも共感しつつ、流されちゃいけないし。かと言ってまったく鈍感でも仕事にならない。気を使いつつも気を使っているように思われてはいけないんです」
たしかにバーでも、イエスマンのバーテンダーだったらつまらない。ちゃんとツッコミをしてほしいし、本音で会話したい。だからと言って、グダグダなのとも違う。
「そうそう、ラフさを演出しているだけであって、本当にグダグダなわけじゃなくて。社長さんに『おい、ハゲ』って言うこともあるし、ちょっとやりすぎたなって、あとで反省する日もあるし」
「あとね、中立的な人間であることが、その人の人生に対しての中立性を担保することになるんです」
ん?どういうことでしょう??
「王様のそばで本当のことが言えるのは道化師だけですよ。あと男の人は男の人同士だとカッコつけますよね。女の人に対してもカッコつけるかもしれないけど、こういう人間に対しては、カッコつける理由がないから」
「私たちにはそういう役割もあるんじゃないかなと思う。勤めてる子たち全員がそういう気持ちになれるかっていうとそうでもないと思うんだけど。私は気楽にやっとるけど、ニューハーフ、MtF、トランスジェンダーって辛い思いをしているから。あなたの辛い思いをいい経験として生かしてみないかって思うんです」
どんな人がいいでしょう?
「話が面白い必要はないです」
そうなんですか?
「相手の話をちゃんと聞くとか、さっきも言ったけど人柄が大切だから。若い子で無口でブスでも、心根がよければどんどんかわいくなっていく。それをお客さんも楽しんでくれる」
「夜の仕事の印象で怖いと思う人もいるかもしれないし、すごく喋りが達者でないといけない、というイメージもあるけど、そんなこともなくて、礼節をわきまえて、丁寧な人ならいいと思います」
まさにそんなイメージの人が春瑠さん。夜のお店で働くことははじめてだったのだとか。
まずはなぜ働くことになったのか聞いてみる。
「ニューハーフのお店ってショーパブが多いんです。ショータイムで踊ったりとか、ドレスを着てお客さんにちょっとサービスしたり」
サービス?
「お客さんが足を触ったりだとか。私は普通にお客さんとバーの店員というかスタッフというかマスターというか、そういう立ち位置で接したい。商売の売り物としてではなく、人として。そんな仕事を探してたんです」
「でもここは着物を着たり、なかなかないジャンルだから、ここだったら大丈夫かもしれないって思って面接受けたんですよ」
人と接することは好きなんですか?
「接客はもともと好きで。コンビニや本屋さんでアルバイトをしたこともあるんですけど、お客さんが楽しそうに、笑顔になって気持ちよく買い物されて帰るっていうのがすごく気持ち良かった」
「最初は駆け引きじゃないけど、探り合いがはじまるんです。どんな人なんだろう?って。まったりするのが好きな人もいるし、ワイワイするのが好きな人も。自分の性格なのか、人に合わせることができるんですよ。嘘偽りはない。器用と言えば、器用なのかもしれないけど」
どんな人が合っていると思いますか?
「お酒は強いほうがいいかな。あとは目標がある人がいいと思いますね」
目標。
「目標がある人はそれに向かって頑張ることができるから。仕事して、お金もらえればそれでいい、という人だと、本当に話を聞いているの?ということが多いように感じるから」
春瑠さんの目標は何ですか?
「ゆくゆくは自分のお店を出したい。和風で、カウンター席だけで、いっぱい料理つくって並べといて、よくドラマで見る居酒屋さんみたいに」
「これ食べるんだったら温めようか、みたいな。お酒も別に飲まなくてもいいし、普通にご飯食べながらママに会いたいみたいな。そういうお店をつくりたくて」
そのあと僕もカウンター席で飲むことに。
居心地が良くて、お世辞を言われている感覚はなくて、ダメなものはダメだと言ってくれる。対等に会話している感じがいい。
きっとここに通っていると、お客さんも身内のような感じになるんだろうな。
自分がよく訪れるバーでも、氷が切れたら代わりに買いに行くこともあるし、席がいっぱいになったら会計をして席を譲ることもある。
そんな話をしていたら、すずさんがお客さんの話をしてくれた。
「看板を出してくれる人もいるし、『何か買ってくる?』って言われて、サラダ油がない、っていうと『はーい』って買ってくれる人もいる。そういうお客さんが多いかも。一つのゆりかごなんですよね。ここで成長していけるし、生きる味方が増えていく場所だと思う」
働く人にとっても、自分でいられる場所になるかもしれない。
「でも弱い人間が欲しいわけじゃないからね。居させてくださーい、仕事はしたくないですけどお金くださーい、って人はいいから」
お客さんとも、お店の人たちとも、ちゃんと向き合う。その先に自分を生きていくことができる場所だと思いました。
名古屋に行ったら、訪れたいです。次回、日本仕事百貨で入った人と飲めたら、とてもうれしいな、と思いながら東京に帰りました。
2018/4/4 取材 ナカムラケンタ
引用:日本仕事百貨 コラム